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オフィーリアはリュートを弾くのか抱くのか問題 [愛しのリュート達]


640px-Alexandre_Cabanel,_Ophelia.JPG

Alexandre Cabanel“Ophelia” (1883年)




前の記事を公開したのち、シェイクスピアのハムレットの第4幕第5場、
狂乱のオフィーリアが登場するシーンの箇所について、

・福田恆存訳では リュートが登場する、
・「ハムレットQ1」というタイトルの安西徹雄訳が出版されている、

というご教示を頂きました。誠にありがとうございます。

そこで今日は近所の図書館に出かけ、いくつかの日本語翻訳を比較してみることに。

結論から言いますと、Q1、Q2、F1という3つの版の成り立ちや相互関係、
またそれらの価値判断について、専門家の間でも意見が分かれています。

日本に限らず、これまでの翻訳家・校訂者は、
それらのうちのどれかを中心としつつも、必ず他も並行して参照し、
箇所によっては部分的に混ぜつつ翻訳をしているようです。
特にQ1はト書きが充実しており、当時の演劇の様子を示す資料として信頼できる、と
いうことで、ト書き部分のみ採用する場合が見受けられます。


               ***


さて、問題の箇所、Q1のト書きの英語は、

“Enter Ofelia playing on a Lute, and her haire downe singing”

この部分がどのように翻訳されているでしょう。


1 福田恆存訳(新潮文庫)________________

オフィーリアは狂乱のてい。乱れた髪が肩にかかり、
胸にリュートを抱きしめている。

(リュート登場! でも弾かないで抱いているだけ・・・。)


2 野島秀勝訳(岩波文庫)__________________

彼女は狂乱の体で、リュートを抱き、乱れた髪が肩にかかっている。

(リュート登場するも、これも抱いているだけ。弾いてよ・・・)

*この二つの翻訳は同じドーヴァ・ウィルソンが校訂した新シェイクスピア全集を基に
翻訳したものなので、共通性が見られます。
校訂者ウィルソンは、Q2を最も信頼するものとしつつも、
Q1とF1からも部分的に採用。(解題より)




3 小田島雄志訳(白水Uブックス)_________________

ホレーシオがオフィーリアをともなってふたたび登場。

(リュートの記述なし・・・)


4 坪内逍遥訳(中央公論社)____________________
初版明治42年、昭和8年再版されたものを参照。

ホレーショー心狂ひたるオフィリャをつれて出る。

(琵琶とでも訳されているかと期待したけど、登場せず)




ではいよいよ「ハムレットQ1」というタイトルで訳された安西徹雄訳を!
 (Q1なんだから、リュート登場するよね、ね!)



5 安西徹雄訳(光文社古典新訳文庫)_________________
(Q1ではこのシーンは第2幕第6場にあたる)

オフィーリア 登場


・・・のみ。(あれ?!)



これはいったいどういうことなのか。
本の最後、小林章夫氏による解題に言及があった。

(Q1資料のト書きが充実しているという文脈で)
・・・「オフィーリアがリュートを弾き、髪を垂らして歌いながら登場」とある。
(本翻訳では単に「オフィーリア登場」としかしていない)
ここなどはシェイクスピア時代の上演の様子を伝えるものとして、興味深いのではないか。・・・・


だったら、それを訳してくれれば良かったのにー!
と、解題の小林氏に言ってもしかたない。
安西氏は2008年に亡くなり、この本は2010年に出版されている。

安西氏はなぜこの部分を省略したのだろう。
この訳が、演劇集団「円」で実際上演するための台本として翻訳されたことを考え併せると、
「リュートなんてどこから調達してくるんだよ?」ということだろう。

それと同様に1と2の訳では「リュートを弾きながら歌う」が
「リュートを抱いて」になってしまうのも、
「リュートの演奏指導、誰がするのよ?」という現実問題なのだろうか。
いやいや、それは文学というものに対する私の認識の甘さで、
おそらくQ1でない別の資料に「弾く」ではない「抱く」とした記述があるのだろうと想像する。


これ以上は、私の手に余るので、ここまでとさせていただきますが、
オリジナル資料を比較するサイトがありましたので、リンクしておきます。


なお、私が通常参照している書籍は小田島雄志訳の白水Uブックスのシリーズと、
英語で全作品を検索できる以下のサイトです。


オフィーリアの場面で音楽的に重要なのは、
この後に出てくる「ウォーシンガム」というバラッドを歌うところなのですが、
残念ながら、この秋の私のコンサートではこの曲は弾きません。
これについても、先の論文で非常に鋭い考察がなされています。

コンサートのご案内「シェイクスピア時代のリュート音楽」
9月25日(日)15時開演@中野 
10月2日(日)15時開演@高崎 


上に挙げた書籍のデータ、貼っときますね。









 

 これ、面白そうだなっと思っています。







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オフィーリアとリュート [愛しのリュート達]


800px-John_Everett_Millais_-_Ophelia_-_Google_Art_Project.jpg

John Everett Millais (1829-1896)“Ophelia”



シェイクスピアの作品とバラッド・チューンとの関連を調べるうちに、
興味深い論文を見つけましたので、ご紹介しておきます。

論文「“Let her come in” ーー『ハムレット』におけるオフィーリアのバラッド歌唱と政治的危機」
京都大学大学院 喜多野裕子氏


『ハムレット』に狂女として登場するオフィーリアが、劇中でバラッドチューンを歌うという
シーンがいくつか出てきます。
その意味について、民衆と貴族という階層の構造から捉えた解釈がなされています。

これについて興味がある方は、ぜひ論文本文をご覧頂くとして、
その周辺情報としてリュートについての記述が他に例を見たことがないものだったので、
ここで引用しておきます。


シェイクスピアの作品にはいくつかの版あり、
普段私たちが目にする一般書籍での「ハムレット」にはリュートは登場しません。
(*文末にこの表記について、訂正があります。8月19日)
しかしながら、別の版(Q1と呼ばれる)でのオフィーリアが歌いながら登場するシーンには
「リュートを演奏しながら」というト書きがあります。

それに関する喜多野氏の指摘。

・・・当時の貴族は楽器を嗜んではいたものの、人前や公の場で演奏することは
貴族と演奏者間の主従関係を崩壊させるとしてふさわしくない行為だとされていた。

(中略)

オフィーリアの狂気がリュートの携帯につながり、階級の撹乱が強調される。
初期近代イングランドにおいては、精神的に崩壊した貴族女性が楽器を演奏しつつ
王や王妃の目前でバラッドを歌うという設定自体が衝撃的であり、
劇的効果も高かった可能性が高い。・・・


さらに、オフィーリアは貴族の女性だが、狂女としてバラッド(小謡)を歌うということで、
宮廷へ抗議する民衆の側に立つ役割を果たしており、
その階級の撹乱は「人前でリュートを弾く」という所作として演出されている、と
論が展開していきます。




リュートで伴奏しながら歌った方が音程が取りやすい、という役者の都合なんじゃないの?
と、単純に私は思ったのですが、なかなか深い意味があるんですね。



そもそも「ハムレット」ってどんな物語だったっけ、と、
上記論文を読んだ上で、もう一度、映画でおさらいすることにしました。
(続きます)



(*訂正:記事を公開した後に「福田恒存訳にはリュートが登場する」ということと、
 「安西徹雄訳のQ1が出版されている」というご教示をいただきました。
  各種、日本語翻訳本で、この箇所、第4幕第5場がどういう訳になっているのか、
  比較した記事をただいま用意しています。)



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コンサートのサブタイトルは「ため息はおやめ、女性たち」 [コンサートのお知らせ]


a.hughes.jpg

アーサー・ヒューズ Arthur Hughes (1831-1915)の
「傷つけられた心」“The Pained Heart”

大型のマンドリンのようにも見える楽器は、おそらくリュートを意図したものでしょう。
19世紀なのでこれは致し方ないですね・・・。

              *****


「Sigh no more, ladies〜ため息はおやめ、女性たち」にしました。

シェイクスピアの喜劇「から騒ぎ」の第2幕第3場に挿入されている劇中歌で、
お抱えの楽師バルサザーがリュートを弾きつつ歌います。


Sigh no more, ladies, sigh no more. 
    Men were deceivers ever, 
One foot in sea, and one on shore, 
    To one thing constant never. 
Then sigh not so, but let them go, 
    And be you blithe and bonny, 
Converting all your sounds of woe 
    Into hey nonny, nonny. 

Sing no more ditties, sing no more 
    Of dumps so dull and heavy. 
The fraud of men was ever so 
    Since summer first was leafy. 
Then sigh not so, but let them go, 
    And be you blithe and bonny, 
Converting all your sounds of woe 
    Into hey, nonny, nonny.

ため息はおやめ、女性たち、もうため息は。
男心は移り気なもの
今日は海へ、明日は陸へ
ひとときも落ち着くことはなし。
だからため息はやめて、未練は捨てて
あなたは明るく笑っておくれ
嘆きの言葉はやめにして、
陽気に歌おう、ヘイ、ノンニ、ノー

歌うのはおやめ、女性たち、もう歌は。
そんなに暗く重い嘆きの歌は。
男の嘘はいつものこと
夏に青葉が初めて繁ったころからずっと。
だからため息はやめて、未練は捨てて
あなたは明るく笑っておくれ
嘆きの言葉はやめにして、
陽気に歌おう、ヘイ、ノンニ、ノー


「明るく笑っていこうよ、女性たち」というポジティブなメッセージが気に入って、
この冒頭部分をサブタイトルに引用させていただきました。



この場面の歌の前後が面白いのですよ。

楽師バルサザーが 前奏部分をリュートを弾き始めると、
傍にいたベネディックが

「なんとも妙なる調べ!魂も奪われてしまう。
奇妙なものだな、羊の腸で人の腹から魂を掴み取ってしまうというのは・」と独白。

そしてバルサザーがリュートを伴奏にこの歌を歌う、という段取り。



「羊の腸で・・」というのは、言うまでもなく、リュートの弦が羊腸を原料としていることを
暗黙の了解としています。

現代においては、この演劇を見ている観客の中で「くすっ」と笑えるのは
リュート関係者だけでしょうね。


同様の比喩で「バグパイプの音色を聴くとトイレに行きたくなる」というセリフも
どの作品だったかは忘れちゃったのですが、あったような。

IMG_4532.JPG


見逃していたケネス・ブラナー監督の映画「Much Ado About Nothing」(1993年)を
見てみましたら、この歌詞から映画が始まるという演出になっていました。

1993年なんて子育て真っ最中でこんな映画があったとは全く知らず。
当時、結構ヒットしたらしいから、
この「Sigh no more, ladies」も知っている人は知っているのか。
私は何も知らなかったけれど、サブタイトルにして良かった・・・。

もちろん、この映画での音楽は古楽テイストではなく、
リュートの代わりにギターが登場するのですが、
これはこれでメロディーの美しい曲に仕上がっています。
英米の定番の合唱曲になっているみたい。

聞いてみたい方はこちらからどうぞ。


当時の劇では 滑稽な役人・ドグベリーをケンプが演じたという記録が
残っているとのことで、そう思って映画を見ると親近感がわきました。

シェイクスピアの戯曲作品は、本だけで読んでも理解しずらいのですが、
こうして映画作品を見て、大筋をつかんでから読み直したりすると楽しいですね。





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リュートカレンダー8月の絵 [愛しのリュート達]


このところ、気温35度を超える猛暑が続いています。
暑いですねー!

せめて涼しげな格好でリュートやガンバを弾いている女性たちの絵を鑑賞して
暑さをしのぎましょう。

リュートカレンダー8月の絵は、ヤン・ファン・ベイレルトの【コンサート】です。
Jan Hermansz van Bijlert(1597 or 1598-1671) “The Concert”

Jan_van_Bijlert のコピー.jpg


頭につけているのは、豪華な羽飾り。うさぎ耳ではありません。
この時代の風俗画の衣装としてよく描かれていますね。

頭にはこんな飾りをつけているのに、身体のほうは官能的すぎる薄着(というか半裸)で、
これは一体どういうシチュエーションなのか?!と考えますに、
ここは売春宿で この女性たちは娼婦ということでしょう。

このような場での作品は当時オランダで数多く描かれ、その裏には道徳的な教訓が込められることも。
(どのような意図を汲み取るかは、ご自由に)

タイトルは「コンサート」ですが、現代でいう観客を前にした演奏会ではなく、
自分たちが楽しむための日常的な合奏風景。

手前に二人の女性奏者たち、奥の左端にリコーダーを吹く男性がいて、中央の男性は歌手でしょうか?

この絵を見ると、何とも落ち着かない感じがするのですが、
それは人々の視線がまったく交差していないからだと思い当たりました。

つまり、リコーダー奏者は歌手のことを気にしつつも、歌手はどこを見ているのやら、うわの空、
ガンバ奏者はリュート奏者に視線を送って合図をしている風なのに、
リュート奏者は 私たち鑑賞者へ熱い視線を送っていて、全く他の3人のことを気にしていない。

このアンサンブル、だめなんじゃ・・ちゃんと一緒に合奏できてるのかしら・・と
不安になる構図です。

逆に言うと、絵の世界だけで完結してなくて、こちら側へと開かれているが故に、
とても親しみを感じ、そこでの音の響きに思わず耳を澄ましたくなる、
あるいは自分も一緒にアンサンブルに参加している気分になる作品とも言えるでしょう。
その両方の世界をつなぐ役割をリュート奏者が担っているのです。


あまり高解像度の画像を見つけられなかったのですが、リュート部分を拡大、
少し露出をあげ、シャープをかけてみます。

concert-up.jpg

弦の数を数えてみると、10コース・ルネサンスリュート(1コースは単弦)。

フレットについては判別できず不明。

珍しく、テーブルに寄りかからずに、脚を組んでリュートを持っています。

左右の手の形も自然で、持っているだけでなく、実際弾いているんだろうなと思わせる
リアリティがあります。
聞こえてくるのは、g-minorの和音。


            ***

作者ファン・ベイレルトは、オランダ・ユトレヒト出身の画家で、カラヴァッジョ派の一人。

自画像(1649年作/51歳の頃)

Portrait_de_Jan_Van_Bijlert.jpg

成功した画家であり多作家でもあったのですが、ややマイナーなのか、
ネット上に画像は多くありません。

他のオランダの画家と同様、人々の日常生活の一コマを描いた風俗画を得意とし、
それらの中に楽器を奏する人々が描かれています。


            ***
では、この画家の他の作品を紹介します。

同じく【コンサート】“The Concert”と題された作品。

Jan_van_Bijlert_The_Concert-1.jpg


右端の床に、リュートが伏せて置いてあります(ガンバのおじさんに蹴られそう、ハラハラ・・・)
これも集った人々が合奏を楽しむ様子を描いたものと思われますが、
右から、ハープ、リコーダー、ガンバ、シターン(?)、ヴァイオリン。
胸を露わにした女性と男性は楽譜を前に、歌っているのでしょうか。
奥の左端の男性は、勢いよく高いところからお酒をグラスに注いでいるところです。

この状況でどんなサウンドが聴こえてくるでしょう。

そして、この作品もまた、中央のシターンを弾く女性が振り返りつつ視線を私たちへと送り、
各メンバーの視線はそれぞれ別の方向へと向いていて、絡みあうことはない構図となっています。


【音楽の仲間】“Musical Company”

Jan_van_Bijlert_-_Musical_Company_-_WGA02182 のコピー.jpg

11コース・バロックリュートかと思われます。
8コースリュートに、少しずつナット部分を継ぎ足して、
拡張したバス弦を載せてみました・・・みたいな形の糸巻き部分になっています。
この時期のオランダの絵画にちょくちょく登場するタイプのリュートです。

ヴァイリンとリュートの合奏、または左端の男性も歌手として参加していると思われるものの、
これもまた視線が合うことのない「音楽の仲間」・・・。


次に【リュートを弾く若者】“A young man playing lute”

playlute のコピー.jpg

これはなかなか珍しいポーズです。
テーブルにリュートを乗せて、中腰で立っているようにも見えます。
こちらへ向けた挑発的な視線が鋭すぎて、リュートがもはや武器のように見えるほど。

肝心のリュートの姿はほとんど見えないけれど、
ペグボックス(糸巻き部分)にユニークな特徴があります。

playlute.jpg

6コースに、拡張したバスを載せるために小さなペグボックスを継ぎ足したような形。
前の作品のリュートともちょっと違う形をしています。

長い棹の方のナットには2コース分の弦が載っているように見えるものの、
ペグはもう1セットあるようにも見えます。



次も【音楽の仲間】“Musical company” と題された作品で、最近発見されたもの。

BijlertMusical のコピー.jpg

豪華な衣装のほろ酔い気分の男性。リュートで音をとりながら歌の練習中でしょうか。
右手の仕草が、拍子をとってリズムを数えているようにも、
メロディーの抑揚を示しつつ みんなをまとめているようにも見えます。

背後にいる男性ふたりも、大きく口を開けて声を張り上げている様子ですが、
この二人、距離が近すぎでは。
この作品もまた、お互いの視線が交わることはなく、見ていて不安がよぎるものの、
3人のおじさんたちの口元には愛嬌があり、
大声で歌うことの無邪気な喜びが伝わってくる作品。


この作品は カラヴァッジョの影響を最も強く受けていた時期(1624年頃)の作品で、
リュートの描写もとりわけ精密です。

BijlertMusical-light.jpg

1コースも複弦に張った、8コース・ルネサンスリュート。

BijlertMusical.jpg

フレットはシングル巻き。
糸巻き部分に、巻き残した弦の端が 飛び出している様子も描かれています。





【音楽やってる仲間たち】“Making music company”(1629年ごろ)

musicmak1.jpg

この作品には、合奏が上手くいってそうだ、と思わせてくれる安心感があります。

両端の男性二人は別として、中央5人は一つのテーブルの方を囲み、
シターンを弾く女性とその肩を抱く男性とは見つめ合い、
ヴァイオリンとリュート(6コース・ルネサンスリュート)を弾く男女は
同じ楽譜に視線を注いでいます。

皆に右手で合図をしつつ歌っている女性と、
楽譜なんか見なくても余裕だよ、という雰囲気の左端のハープの男性は、
私たちの方へと視線を送り、合奏への参加を促しているようにも。

musicmak.jpg

ハープの男性の足元には、楽譜と共に、トロンボーンらしき金管楽器、
ガンバ、タンバリンなどの楽器が転がっています。

どの楽器なら参加できそうでしょう?(私は憧れのタンバリン一択です)

        ***

この作家は、描かれた人物たちの視線の扱いが面白いなあと思って、
ここまで作品を見てきましたが、最後に私が一番受けた作品を紹介させてください。

ギリシャ神話をテーマにしたものです。

【キューピッドを折檻するヴィーナス】“Venus chastising cupid”

Jan_van_Bijlert_-_Venus_Chastising_Cupid_-_Google_Art_Project-1.jpg

珍しいテーマだと思いますが、
人物(神様というべきか)の描写に関してはまあ、普通。


その様子を見ている右端の鳩たちにご注目!

Jan_van_Bijlert_-_Venus_Chastising_Cupid_-_Google_Art_Project.jpg

「おー、こわこわー。ヴィーナス怒ると怖いよ。逃げようぜ」


この鳩たちにすごく感情移入してしまいました。

      *****

今回の絵画作品から聞こえる音楽は・・・


    

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シェイクスピア時代のリュート音楽@東京/高崎 [コンサートのお知らせ]


北海道公演と同内容で、東京と群馬でも公演を予定しています。
夏シーズンのタイトルは「夏の夜の夢」でしたが、
秋シーズンは「Sigh no more, ladies〜ため息はおやめ、女性たち」というタイトルにしました。


【東京公演】
日時:9月25日(日)15:00開演(14:30開場)
場所:Space415(JR中野駅より徒歩12分)
料金:3000円(前売)3500円(当日)
チケットご予約:order@seikonagata.com 


【群馬公演】
日時:10月2日(日)15:00開演(14:30開場)
場所:アトリエミストラル(高崎駅よりバス、タクシー、自動車)
料金:3000円(前売)3500円(当日)高校生以下 1500円
チケットご予約:nsakura@beige.ocn.ne.jp(櫻井)



チケットのご予約申し込みの際は、お名前と枚数をお知らせ下さいませ。

詳細情報は公式サイトのコンサート情報コーナーをどうぞご覧下さい。

チラシは、北海道のニセコ町有島記念館で撮影した写真でデザインしました。
イギリスっぽい感じに仕上がりました。

CpGV7uPVYAAnQhn.jpg


いずれの会場も親密なサロン形式(少数座席)となっていますので、
お早めのご予約をお願いいたします。

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「夏の夜の夢」@小樽文学館終了 [コンサートのご報告]


前の記事の続きです。

ニセコ町有島記念館での公演を予定どおりに終えて、今度は小樽へと移動しました。

途中「ここら辺は火山の噴火口の中ですよ」と説明されて、びっくり。
まさか噴火したりしないだろうかと不安になりましたが、大丈夫。現在は休火山。

そう言われて、見渡すと地形がそのようにも見える。
こういう話は大好きなのだけれど、教養がなくてその価値とか味わいどころが
よくわからないのが 非常に悔しい。

2年前の北海道公演で訪れた余市あたりを通り過ぎ、日本海沿いを走る。

ファイル_000 (14).jpeg

一面に、青い海と空。新潟から見る日本海とも、太平洋とも違いますね〜。


会場の小樽文学館は、建物自体がレトロな歴史的建造物で、
古楽のコンサートにはぴったりの会場でした。

いくつかのお部屋があるうち、
当初はこのアーリーアメリカンなインテリアのカフェコーナーを予定していました。

ファイル_000 (20).jpeg


白いタイルのカウンターに、赤や黄色の小道具がアクセントとなっている素敵な空間です。
右の壁面CDプレーヤーに 私のCD「ふらんすの恋歌」が!(ありがとうございます!)

ところが、想定外にチケットのご予約をいただいたため、急遽、展示会場のスペースを
お借りすることになりました。

特別展「早川三代治展〜インターナショナルな知的表現者」が開催中。
子孫にあたる方が今回も(前回の小樽公演にも)ご来場くださいました。

早川氏は有島武郎に心酔していた方とのことで、
この日、有島記念館から移動してきたばかりだった私は、不思議な縁を感じました。

この展示スタイルがまた実にユニーク。(人がいるのかと驚いたよ・・・。)

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早川三代治氏の存在を背後に感じつつ、リュートを演奏するステージ設定に。


FullSizeRender.jpg

開場前、夕方になり、西陽のさす図書館コーナーにて。
小学校の図書館のような懐かしい雰囲気がありました。


今回、小樽は二回目だから同じお客様なのかと思いきや、
いつものごとく「リュート初体験」アンケートをすると、ほとんど全員の手が挙がりました。

終演後、お客様との質疑応答や情報交換で大盛り上がり。
小樽在住の方のみならず、札幌から車でお越しになった方もいらっしゃって、
感謝の気持ちでいっぱいです。

ご来場のお客様、主催の小樽文学舎さん、文学館のスタッフの皆様、
コーディネートしてくださった片桐仏壇店アトリエピアノさん、
どうもありがとうございました。

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翌朝、早朝から小樽港〜倉庫あたりを散策しました。
日差しは強いものの、空気は乾燥してとても快適。

レトロな雰囲気が漂う、裏通りの路地。

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坂道をのぼりおりして、ホテルの朝食を。
9時過ぎには、千歳空港へ向かう列車に乗って、帰途につきました。


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「夏の夜の夢」@ニセコ町有島記念館終了 [コンサートのご報告]


前の記事の続きです。

2016年7月23日(土)午後1時の開演にそなえ、午前中には会場のニセコ町有島記念館
到着しました。

車道から小道に入ってから記念館までしばらく車を走らせますが、
その辺り一帯が、作家・有島武郎が所有していた土地で、今もその名が地名として残っています。
田園風景がしばし続き、きれいに整えられた庭が見えてきました。

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ラベンダーが群生していました。生のラベンダーを見るのは初めてかも(感激!大興奮!)

打ち合わせの後、簡単にリハーサルを終えて、庭で楽器の写真撮影。

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有島武郎に関する展示コーナーを拝見しました。
家族写真や手紙、原稿などがたくさん展示されています。
明治〜大正時代の白黒写真というのは、味があって良いものですね。

全体の展示レイアウトがセンス良く、洗練された雰囲気となっています。
私の関心は、文学作品や生涯についてのみならず、
有島武郎が小作人に農地を無償で解放したという点だったのですが、
その際に書いた文章が大きく展示されていて、これにはとても感銘を受けました。

この辺りの詳細は記念館のこのページをご覧下さい。




さて、コンサートは数日前に北海道新聞の地元版で広報されたこともあり、
80人もの多くのお客様がご来場下さいました。
掲載された記事を見て「リュートとはどんな楽器ですか?」という問い合わせの電話が
何本もかかってきたそうです。
これには担当の方も「まあ来てみてください!」と答えるしかないでしょう。

いつもリュートについて紹介トークはしますが「そういうことなら!」と一層、熱が入ります。

IMGP2624.JPG

「棹の先がこんな風に曲がっていて・・・」と話しているところ。
お客様、興味津々で、前のめりになって聞いて下さいました。

ガラス張りの会場で、背景の庭の緑が美しいですね。この日も快晴!(鳥?!)

IMGP2640.JPG

(写真は主催者の方から頂戴しました)

休憩時間や終演後も、皆さんから多くの質問をお寄せ頂きました。
嬉しいですね。



このコンサートイベントスペースは通常ブックカフェとなっており、
コーヒーを楽しみながら、本を読んだり勉強したりできるスペースとなっています。

そのカフェが「高野珈琲店」さん。
深入りでコクのある味わい。とても好みの味でした。
もし記念館を訪問なさる際は、ここの珈琲を是非!

有島記念館向け特別パッケージのコーヒー豆。作品のタイトルがついています。
(ドンレブって何?と思いましたが、ブレンドですね・・)

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ご来場のお客様、主催の有島記念館のスタッフの皆様、
コーディネートと送迎して下さった片桐仏壇店アトリエピアノさん、
どうもありがとうございました。



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麗しの山姿「羊蹄山」 [コンサートのご報告]


札幌市内での公演の翌日、早朝から車に乗せていただき、
次の公演場所であるニセコ町へと向かいました。
途中、峠を二つ越えて約2時間のドライブ。


普段、全く自動車に乗らない私にとっては、
助手席に乗ってドライブをするという体験そのものが
コンサートと同じくらいワクワクすることでした。

お天気は快晴。
思ったよりも気温は高かったものの、さすが北海道、
空気は乾燥していて爽やかです。

道中、峠のドライブインから見えた羊蹄山。

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別名「蝦夷富士」の名前が示す通り、左右対称のなだらかな山姿が
とても美しいですね。

ドライブしながら、針葉樹と広葉樹の分布についてや、
白樺の生息などについて詳しくお話を伺いました。
(こういう話を教えていただくのがとても好き)

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絵に描いたようなドライブ風景です。
本当にいいお天気だったのがわかりますでしょう?

左右には広大な畑が広がります。空も広〜い。

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両側に ジャガイモや、トウモロコシなどの畑が延々と広がり、
作物が変わるたびに色が変わります。
薄桃色のソバの花が一面咲いているところもありました。

「写真を撮りたかったら、車を止めますから言ってください」と言われましたが、
今の私にそれをさせたら、次のコンサート開演に間に合わなくなるよ・・・と、
グッと我慢しました。

そして到着したニセコ町有島記念館がこれまた「ここは本当に日本ですか?」と
言いたくなるほどの美しいところだったのです。(次に続く)


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「夏の夜の夢」@カフェエスキス終了 [コンサートのご報告]

2016年7月22日、羽田空港から北海道へと。
東京は朝からザーザー降りの雨で少し肌寒いほどでしたが、
札幌は青い空が広がる快晴。暑いほどでした。

「夏の夜の夢〜シェイクスピア時代のリュート音楽」第1回目公演の会場、
カフェエスキス CAFE ESQUISSEさんは、札幌市内でもとりわけお洒落な地域、円山にあります。

文化人が集うカフェ&ギャラリーとして名高いお店で、
常連の皆様の鋭敏なアンテナのお蔭で、早々とご予約満席となりました。


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店内の壁は 深い蒼色。静謐な雰囲気が漂います。

開催中の孫田敏氏の写真展「植物微視」の作品と一緒に。
孫田様もコンサートにご来場くださっていて、
その驚きの撮影方法についてお話をお伺いすることができました!

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リュートを立てかけている仕切り棚の向こうがステージで、
手前のテーブルにお客様が着席するような会場設定。
棚の隙間から覗きつつ、リュートを弾くという面白い空間でした。

「貴族の晩餐会にお仕えする宮廷リュート奏者」の気分を味わえる
貴重な体験でした。


終演後もお飲み物をいただきながらお客様と歓談の時間を持つことができ、
和やかなうちに無事終了いたしました。

ご来場下さったお客様、カフェエスキスのマスターと奥様、
コーディネートしてくださった片桐仏壇店アトリエピアノ様、
SNSその他で広報にご協力下さった皆様、
どうもありがとうございました。

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札幌在住の作家・木村洋平さんが鮮やかな色合いの花束を下さいました。
いつもどうもありがとうございます。



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マスターご夫妻から「有機黒千石茶」をお土産にいただきました。

パッケージがお洒落です。(カフェエスキスさんは何もかもがお洒落。)

ファイル_000 (7).jpeg

中はこんな黒い大豆がパックになっています。
北海道有機JAS認定取得商品で、黒千石豆は国産大豆の中で生産量わずか0.2%。


お店ではホットで頂きましたが、水出しの冷茶にして。

DSC01396.JPG

冷蔵庫にいれて一晩おくと、豆の香りがするお茶が出来上がります。
ほっとする優しい味です。

どうもありがとうございました!


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古楽かふぇ〜夏のお休み処〜 [コンサートのお知らせ]


今週末、7月29日〜31日の3日間、古楽イベントが開催されます。
主催は、5年前から古楽に関する様々なイベントを企画されている「古楽かふぇ」さん。
イベント名は 〜夏のお休み処〜。
まさに、古楽にどっぷり浸って大人たちも夏休みを楽しもう!という企画ですね。
場所は JR中野駅から徒歩13分のSpace415 


スクリーンショット 2016-07-27 15.29.56.png



内容は、気軽なお茶会から、レクチャー、コンサート、懇親会、
CDや書籍、Tシャツやトートバッグなどの物販まで、盛りだくさんです。

古楽に興味を持ち始めたばかりの方も、どうぞお気軽にご参加下さい。

詳細情報は、古楽かふぇ〜夏のお休み処〜 をどうぞ。



私は7月30日(土)
15時からの、
金澤正剛先生による「イタリア・ルネサンス音楽文化とメディチ家」レクチャー

18時からの、
白沢達生さんのトークイベント&懇親会に参加する予定です。




同時に《リュートのある暮らし》を出店しまして、
CD「ふらんすの恋歌」「グリーンスリーヴス」を販売予定です。

「ふらんすの恋歌」にはアンリ4世の宮廷でのリュート歌曲を収めていて、
アンリ4世の妻は、メディチ家の出身です。

金澤先生が解説文を書いてくださっていますので、ぜひ、ご購入の上、
金澤先生にサインをおねだりして下さいませ。



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リュートはいつから「リュート」と記した? [愛しのリュート達]

シェイクスピアの『空騒ぎ』(第3幕第2場)に、ふふっと笑ってしまう、
リュートに関する記述がありました。



(ある人物が恋をしているのではないか、と噂する場面。)

クローディオー:左様、しかも、一番変わったのは万事を洒落とばす気軽な才気で、
それがルート(リュート)の弦に巻き込まれ、高さ低さも意のままならぬ金縛り。

ドン・ペドロ:なるほど、それは大分重態らしい・・・要は要するに、恋だという事になる。

(福田恆存・訳 シェイクスピア全集/新潮社)



リュートの調弦が安定しないことへの揶揄が、ここにも。

図書館で見つけたこの古い本(昭和37年出版)でも、
また小田島雄志さん訳でも、リュートが「ルート」と表記されています。

英語の発音に近いカタカナ表記と思われますが、
いつ頃から「lute」をリュートと表記するようになったんでしょうね。

音楽の分野でのリュートの普及状況とリンクしているとは思いますが、
そのあたりの変遷を見てみるのも 面白いかもしれません。




かつて、つのだ先生が
「リュートの先のところ、龍の頭みたいでしょ?
 だから「龍頭(りゅうとう)」と呼ばれるようになりました」と楽器説明をしていらして、
冗談なのに、お客さんはすっかり信じ込み、リュートは中国の楽器と誤解されていたことを
思い出して、また一人で ふふっとなりました。


IMG_1216.JPG

弦を変えたあと、端の始末が出来てなくて、まさに龍のひげ状態・・・。


さて、「シェイクスピア時代のリュート音楽」プログラム解説は
9月25日の東京公演、10月2日の群馬公演まで続きますが、
一旦、明日から北海道公演に出かけますね!





じゃじゃ馬ならし・空騒ぎ (新潮文庫)

じゃじゃ馬ならし・空騒ぎ (新潮文庫)

  • 作者: シェイクスピア
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1972/01/29
  • メディア: 文庫










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政治的プロパガンダ「ウィロビー卿のご帰館(還)」 [コンサートのお知らせ]


今回、取り上げるのは「ウィロビー卿のご帰館」。

これもブロードサイド・バラッドの一つですが、このメロディーにのせて伝えられたのは、
政治的なニュースや、戦いでの勝利の知らせなどでした。


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本来の歌の内容は、この肖像画の人物、ウィロビー・ド・エレスビー卿ペレグリーヌ・ベルティが 
イングランドの将校としてネーデルランドで戦い、戦功を挙げたことを讃える歌です。

勇ましい乗馬姿の挿絵がかっこよくて、目を引くため、
別の内容のニュースを報じるバラッド・シートでも、この挿絵は引用され続けています。


今回のコンサートではダウランドが作曲したものを演奏しますが、
凱旋の曲らしいエネルギーに満ちた華やかな曲調です。

同じくダウランドによるリュート二重奏版や、
バードによる鍵盤楽器のための作品などがあります。



血なまぐさい戦闘の様子から、ウィロビー卿を讃える言葉、
負傷兵に対するエリザベス女王の恩恵についてなどが綴られています。




これまで「ウィロビー卿のご帰『館』」と邦訳をつけていましたが、
このような状況を考えると「戦地から戻る」ことをピンポイントで示す
「帰還」の訳の方がいいかも、と思いました。

曲の背景は前から知ってはいたのですが、なぜか「帰還」というと、
私にとっては「宇宙空間から無事に地球に戻った!」ぐらいのスケールの大きさを
感じさせる言葉だったんですよね。(映画の見過ぎ)

オランダの戦地から戻ったといっても、ドーバー海峡渡ったくらいの距離、
「おかえりなさ〜い!」(頭の中では奥さんが玄関に出迎えている図柄)という程度で
いいんじゃないかと思っていたんですが、戦闘はそんな甘いものではなかった・・・。

女王も町の人々も、旗を振りつつ総出で出迎えるイメージに変換して、
次回からは タイトルを「ウィロビー卿のご帰還」に改めようと思います。




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殺人事件は「我が敵、運命よ」のメロディーにのせて [コンサートのお知らせ]


簡単にまとめましたが、ブロードサイド・バラッドのひとつに
「我が敵、運命よ」(Fortune, my foe)があります。

このメロディーにのせて伝えられたニュースは、殺人事件や処刑の様子や辞世の句など!
まさに三面記事のニュースがこのメロディーで伝えられました。

バラッド・シートの例です。
小さい画像しかなく読みづらいかもしれませんが、左ページの絵の上に、
「To the tune of Fortune my foe」の言葉が見えます。

一見、可愛い絵ですが、よく見ると怖い・・・。

isize-reduced-1.php.jpeg


シェイクスピアの「ウィンザーの陽気な女房たち(第3幕第3場)に、
Fortune thy foe・・・という台詞があって、
この歌を知っていることを前提とした替え言葉、という説もありますが、
他にも同様なFortuneの用例は随所に見られ、うーん、どうだろう?と思う。

いずれにしても、シェイクスピア劇の中でこの音楽そのものは登場しません。


このメロディに基づく作品はいろんな編成でありますが、
今回のコンサートでは、ダウランドが変奏をつけた作品を演奏します。
こうしてリュートの楽譜として記録されることで、
当時の一般民衆の歌を伺い知ることができます。

【動画紹介】男性歌手が歌っているもの。おどろおどろしい?!雰囲気。
歌に続いてダウランドの作品のリュートソロ。



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オールド・バラッドとブロードサイド・バラッド [コンサートのお知らせ]


この夏〜秋のコンサート「シェイクスピア時代のリュート音楽」の
隠しテーマと言っていいのが、このバラッドを巡る作品群です。


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スコットランドのバラッド「バーバラ・アレン」 
今回は演奏しませんが、好きな曲です。



バラッドは、文学的にも民俗学にも、また音楽的にも
おそらく一生の研究に値する壮大なテーマですので、
ここではごく簡単にまとめておきます。

◉バラッド Ballad とは・・・
語源としては、後期ラテン語で「踊る」を意味する動詞Ballareに由来。
手をつなぎ円になって踊りながら、中心となる人物とその他の踊り手の間で
交互に歌い交わす。


◉オールド・バラッド
四行で一連が形成され、物語性が高い。
作者や成立年代不明で口承によって伝えられる。
中世以前に成立。
2行目、4行目にリフレインを持っていることが多い。(重要!)

このオールド・バラッドは形式を保ちつつ、
歌われる歌詞の内容は最新の事象を織り込みつつ、ずっと歌い継がれていきます。


その一方で、印刷技術が普及した16世紀ごろから、ブロードサイド・バラッドが登場します。


◉ブロードサイド・バラッドとは・・・
ブロードサイドとは、現在の新聞の起源にあたるようなビラのような情報紙で、
識字率が低い人々にそれを買わせるために活用されたのが歌でした。
ニュースをバラッドの詩の体裁に仕立て、人々がよく知っているメロディーにのせて、
歌いながら販売したのです。

このビラ、バラッド・シートには、ニュースの下に「〜のメロディーにのせて」という
指示が掲載されていて、ニュースの内容によってメロディーの種類が決まっていました。

このメロディーのことをブロードサイド・バラッド(バラッド・チューン)と呼びます。





今回のコンサートでは、オールド・バラッドの例として「スカーバラ・フェア」を、
ブロードサイド・バラッドの例として、
「我が敵、運命よ」「ロビン・フッドは緑の森へ去り」「ウィロビー卿のご帰館」などを
取り上げます。




ちなみに、ブロードサイド・バラッドと同じようなものが江戸時代の日本にもありました。
「熈代勝覧」(1805)には「読売り」という、声にだして当時の事件を語りながら
一枚一枚新聞を売っている人の姿が描かれています。

赤い笠をかぶっている二人が読売り、それを囲んで聞いている人々。

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【参考CD】これはやっぱり名盤だと思う。バーバラ・アレンも入っています。








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「道化師タールトンの復活」、復活の意味とは? [コンサートのお知らせ]


前の記事に続き、道化師にちなんだ作品をもう一つ、
J.ダウランド作曲「道化師タールトンの復活」を取り上げてみます。

タールトンがどういう人物だったかについては、前記事をご覧いただくとして、
この宗教音楽ではない曲に「復活」という言葉が使われているのに違和感があるんですよね。

これはどういうニュアンスなんでしょう?


仮定(1)イエス・キリストの復活のように、タールトンが死後、蘇った。

これは、幽霊が住みやすい国、イギリスでもさすがに非現実的だと思うので却下。
キリスト教関係者から怒られそうだし。



仮定(2)タールトンが亡くなった際に、鎮魂、哀悼の意味をこめた。

私はずっとこれだろうと思っていました。
バロック音楽でよくある「トンボー、〜の墓」といった種類の音楽かと。

タールトンが活躍〜亡くなった時期と、作曲家ダウランドがエリザベス女王の宮廷で
御前演奏をしたり、宮廷リュート奏者の地位を狙って就職活動をしていた時期とは
ちょうど重なります。
ダウランドが就職できずにヨーロッパ大陸に移住した年と、タールトンが亡くなった年が同年なので、
やや微妙ではありますが、その訃報に接した可能性はあるでしょう。

ただ上記のような意味で「復活 resurrection」という言葉を使うものなのかどうか、
他の例を見たことがないので、確証は全くなし。



そして今回、シェイクスピア周辺の道化役者を調べていて気がついたのが・・・

仮定(3)タールトンにそっくりな別の人物に会った。


前記事の続きになりますが、タールトンの後、ケンプが約10年間活躍したのちに退団。
その後を継ぎ、まさにシェイクスピアが求める賢い道化師を演じたのが、
ロバート・アーミン Robert Armin なる人物でした。

「十二夜」のフェステ、「お気に召すまま」のタッチストーンなどの役は
彼が演じたと言われています。

アーミンは仕立屋の息子として修行中だったのですが、父親が亡くなった頃、
ふとしたことからタールトンがその文才に目をつけ、スカウトして連れ帰り、
徒弟として 育て上げた人物です。

Robert_Armin.jpg

(仕立屋の息子だからいい服着てるな〜と思ったけれど、これは舞台衣装だった・・・)



ダウランドは、ケンプが活躍した時期はほとんどイギリスを不在にしており、
アーミンが活躍し始めた頃に帰国しています。


そして、タールトン仕込みの、アーミンの演技を見たダウランドは、
かつてのタールトンの面影を見たのではないでしょうか。
「おお、まるでタールトンが復活したようだ!」と。


ダウランドがこの作品をいつ書いたか確証を得ていないので、
妄想と憶測の域を出ないのではありますが、
そう考えると「タールトンの復活」というタイトルが納得できそうです。


仮定(2)で解釈すると、しんみり哀愁を帯びた雰囲気で演奏していたのに、
(3)だとすると、もっと喜びと驚きに満ちた、快活なテンポで演奏をしたくなりますね。



あー、コンサート目前のこのタイミングで、これは大変!(頑張ります)



【動画紹介】

ゆっくりなヴァージョンの演奏。アーチリュートによる演奏で。






クラシックギターによる演奏で、少し早めテンポの演奏。タールトンの絵も出てくるのが可愛い。
最後はしみじみと。






【おすすめCD】
ダウランドのリュートソロのための作品全曲を
代表的なリュート奏者が分担しあって録音した歴史的な全集。
それぞれの演奏スタイルや音色の違いも楽しめるCDです。


ダウランド:リュート曲全集(全92曲)

ダウランド:リュート曲全集(全92曲)

  • アーティスト: ダウランド,ベイルズ(アントニー),リンドベルイ(ヤコブ),ウィルソン(クリストファー),ノース(ナイジェル),ルーリー(アントニー)
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2007/12/05
  • メディア: CD










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【動画紹介】道化師ケンプのジグ [お気に入り]


前の記事で話題にした作者不詳「道化師ケンプのジグ」の動画がありましたので、
参考までに貼っておきます。

演奏は、田村仁良さん。イギリスの田園風景も美しい動画です。







どうぞお楽しみくださいませ〜。


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道化師ケンプの悲哀と野望、その顛末〜「ケンプのジグ」裏話 [コンサートのお知らせ]


シェイクスピア劇において道化は重要な役どころですが、
リュート曲の中に道化の名前を冠した作品が二曲あります。

「道化師ケンプのジグ」(作者不詳)と「道化師タールトンの復活」(ダウランド作曲)です。

この二人の道化師とシェイクスピア、さらにダウランドとの接点、
そしてこれら芸術の総監督とも言えるエリザベス一世について、
簡単に整理しつつ、この二曲の曲目解説を試みてみましょう。

          ***

シェイクスピア、女王陛下の一座と出会う

1583年、エリザベス一世は民衆の劇団からメンバーを選抜し、
自らの名前を冠した一座を結成、民衆演劇の直接の庇護者となります。

それまで宮廷道化師を雇うのが慣習であったのに対して、
女王と民衆が同じ劇団俳優、同じ娯楽を楽しんだということが、
他の国や他の時代には見られぬ大きな特色であったと言えましょう。

この女王陛下一座は1587年ごろには全国各地を巡業しますが、
その巡業先の一つにシェイクスピアの生地、ストラトフォード=アポン=エイヴォンがありました。



タールトンの妙技、一人楽隊

この時、劇団の中心的な喜劇役者はリチャード・タールトン Richard Tarlton。
劇団結成当時からのメンバーで、ドタバタ喜劇役者として大評判をとり、女王のお気に入り。
さらに、この巡業にはもう一人、入団したばかりの若いウィリアム・ケンプが参加しています。

この巡業公演を 23歳のシェイクスピアが観た可能性があり、
これが彼が劇作に関わるきっかけになったのではないかと言われています。


太鼓と笛による一人楽隊の妙技を披露しているタールトン。

Richard_Tarleton.jpg

タールトンはこの翌年、肝臓病で亡くなります。

その後を継ぎ、シェイクスピアの初期の作品で喜劇俳優を務めたのが、
ウィリアム・ケンプ William Kempe でした。

タールトンについては次回の記事でも触れますが、
ここからはウィリアム・ケンプに焦点をあてていきます。



リストラされたケンプの悲哀

ケンプもまた、アドリブを連発しながら跳ね躍る伝統的なスタイルの道化役者でしたが、
やがて、シェイクスピアは「言葉による表現」を重視するようになり、
新しい道化役を求めるようになります。
すなわち、学識に裏打ちされた機智、人の心を読み取る眼、哀愁を感じさせる雰囲気、
歌唱力を備えた道化です。

このシェイクスピアの要求に応えられなかったケンプは1599年退団を余儀なくされ、
グローブ座の株を売却して(!)去っていきます。


Will_Kempe.png

相棒が太鼓と笛を担当。ケンプの得意技は モーリスダンス morris dance



「ケンプは脛に小鈴をつけて踊りながら、ロンドンからノリッジまで約9日間を練り歩いたという。」

「ケンプのジグ」の解説としてよく語られてきたエピソードですが、
これを現実的に考えてみたいと思います。

ロンドンからノリッジまでの距離は、約100マイル=160キロ、
東京から静岡の距離に相当します。(思ったより近かった・・・)

160キロを9日間で移動するとなると、1日あたり約18キロ、
単純計算で成人男性が歩く速度は平均4.5キロ/hとして、
1日のうち、4時間歩いていることになります。

江戸時代に旅をする人は、1日のうち8-10時間は歩いていたので、
それと比較するとそれほどハードなことではない、
つまり、ケンプの目的は「ノリッジまで移動すること」ではなかったと言えます。

ではケンプの目的は何だったのでしょうか?



ジグに賭けたケンプの野望

実は、ケンプは、この踊りながら移動する道中でお金を稼ぎ、
その後はその旅行記をまとめた本を書くことでお金持ちになることを計画していたのです。

「自分を必要としない劇団なんかやめてやる!
 独立してストリートダンサーになるんだ!
 そしてノンフィクッションを執筆して大儲けするんだー!」といったところでしょうか。

株を売却とか、起業とか、書籍執筆とか、道化師の話とは思えない展開ですが、
その心中を察するに、むしろ富への野望というより、
男の一分を立てるために、ロンドンからノリッジまで踊り歩いたとも言えるでしょう。

その結果は果たして・・・。



現実は厳しく、道中の踊りに多くの投げ銭はもらえなかったようです。
しかし、本は執筆し、1600年に出版され、現存しています。
その名も「ケンプ奇跡の9日間」!(いいタイトルだ。)

・・・これがベストセラーになったという話はありません。


また別の記録によると、
「アルプスを越えてローマまで踊りながら旅をしたが、
ヘイ・ホウ!の掛け声で躍るスタイルはヨーロッパでは受けず、興行的に失敗」したらしい。

最終的には、イギリスに戻って別の劇団に所属し、1603年に死亡。


何だか、いまどきの無謀な起業家の話みたいで、切なくなりますね。




軽快なリズムと親しみやすいメロディーの「道化師ケンプのジグ」。
技術的にも平易なので、初心者向けの教材としてもよく用いられますが、
その裏にはケンプさんのリストラされた悔しさと、野望が隠されていたというわけです。



作者不詳「道化師ケンプ」についてはここまで。
次は、ダウランドの「道化師タールトンの復活」に続きます。



参考書籍はこちら。視点が面白い。読みやすい本でした。

シェイクスピアの民衆世界

シェイクスピアの民衆世界

  • 作者: 青山 誠子
  • 出版社/メーカー: 研究社出版
  • 発売日: 1991/03
  • メディア: ハードカバー







映画「恋におちたシェイクスピア」に「これがジグかな?」と思うシーンが出てきます。
気づきましたか?


恋におちたシェイクスピア [DVD]

恋におちたシェイクスピア [DVD]

  • 出版社/メーカー: ジェネオン・ユニバーサル
  • メディア: DVD



何回観ても面白いですよね。このエリザベス一世のシリーズ。

エリザベス [DVD]

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  • 出版社/メーカー: ジェネオン・ユニバーサル
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エリザベス:ゴールデン・エイジ [DVD]

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  • 出版社/メーカー: ジェネオン・ユニバーサル
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リュートカレンダー7月の絵 [愛しのリュート達]


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7月に入り、いよいよ暑くなってまいりました。
リュートカレンダー7月の絵のリュート弾きさんも、片肌脱いでいます。

今月の絵は、
ヘラルト・ファン・ホントホルストの【音楽会】
Gerard van Honthorst (1592-1656)作 “The Concert ”です。


この作品は、フランスのある家で所有されていた作品で、最後に公開されたのが1795年。
アメリカ・ワシントンD.Cの国立美術館が 2013年に購入し、
実に、218年ぶりに公開されたという作品。


作者・ホントホルストはオランダ・ユトレヒトの画家。
生涯についての詳細は上記リンクよりご覧いただくとして、ポイントとしては、

・カラヴァッジョ派の画家である(細部の描写にリアリティがある)
・世俗画に個性が発揮されており、楽器を描いたものが多い

ことが挙げられます。


さっそく、掲題の作品の細部を拡大して見てみましょう。

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8コースのルネサンスリュート。
低音弦と高音弦とで、太さや色が違うことまで、細かく描写されています。

テーブルの上に楽器を置き、右手の小指を表面板にしっかりつけることで、
楽器が仰向けに転がらないようにバランスを取っているように見えます。

この持ち方は左右の指が拘束されてしまい、演奏の自由をかなり奪います。

Gerard_van_honthorst_-_the_concert_-_1623.jpg

フレットは、シングル巻き。
1フレットの間隔が幅広く、2フレット目は狭いというミーントーン調律であることが見てとれます。
1フレット目にミニ(部分)フレットは貼っていないですね。

6コースの低音側の弦が、緩んでいるのか、癖がついているのか、ヨレッとしていて浮いています。

左右の指の、関節の描写が見事。
血の通った手の温かみや、関節の力の入れ具合までわかるくらいです。

他にも書きたいことは多々ありますが、
今回はリュートが登場する作品が他にたくさんありますので、ちゃっちゃと行きますよ!



まずは、リュートを調弦する女性たちの作品から。

【リュートを調弦する女性】(1624年)

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今まで、リュートを調弦する様子を描いた作品をいくつか見てきましたが、
この女性の余裕の笑顔をご覧あれ。
おしゃべりしながらペグ回して、リュートの扱いに慣れている様子。
リュートカレンダー3月の絵のしかめっ面とはえらい違いです。

7コース・ルネサンスリュート。1コースは単弦(ナットに溝は2本あるが)。

このリュートは フレットの巻き方が面白い!
1〜3フレットまではダブルに巻き、それから上のフレットはシングル巻き。

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ロゼッタのデザインもくっきり。

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【リュートを調弦する女性】(1624年)

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7コース・ルネサンスリュート。1コース単弦。
フレットはシングル巻き。
こちらも、余裕の笑み。


同じく、リュートの調弦をする女性の絵をもう一枚。

【リュート奏者】(1624年)

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ペグの数から判断して7コース・ルネサンスリュート。
安定の笑顔。



ここからは、バルコニーでの音楽会シリーズになります。

【欄干に寄りかかった陽気なヴァイオリン弾きとリュート弾き、あるいは 音楽会】(1620年代)

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弦の数、ペグボックスの形から判断するに、7コース・ルネサンスリュートかと。
1コース単弦、フレットはシングル巻き。

左のヴァイオリン奏者は 鼻の頭を赤くして、すっかりご機嫌です。




ついに、長棹のリュートも参加!

【バルコニーでの音楽会】(1624年)

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右のリュートは7コース・ルネサンスリュート。
ボディの裏がシマシマ。イチイ材。

左は13コース・アーチリュート(調弦によってはテオルボ)。

「バルコニーでの音楽会」という設定で描かれた一連の絵は、
平面の壁なのに、その奥に部屋があるかのように見せかける「Trompe l'oeil」(だまし絵)の
手法が用いられています。



同様の作品をもう一枚。

【バルコニーの音楽家たち】(1622年)

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彼自身の家の天井画として制作されたもの。
自分の家の天井がこんなだったら、落ち着きません・・・。

距離が遠くて(!?)リュートもアーチリュートも弦の数は不明です。
右上の角にもリュート奏者がいますが、手抜きな感じ。
天井に描いているうちに、首が痛くなったのでしょうか。

カラフルなオウムと犬が、人々の間からひょっこり顔を出していて愛嬌がありますね。




ここからは「蝋燭の灯りにぼんやり照らされるリュート」シリーズです。
光の使い方にカラヴァッジョの影響がうかがえます。

【取りもち女】(1625年)

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7コース・ルネサンスリュート。

今までもフェルメールの作品などで登場したテーマ「取りもち女」。

右の女性(娼婦)が「いいリュートでしょ? 新しく手に入れたの・・・」なんて
リュートの話題で 男の興味をひきつつ、
ちゃっかり 左端の取りもち老女が仕事を斡旋している場面。

オランダ語でリュートを示す “luit” が別の(卑猥な)意味があるという記事を
読んだのだけど、確証とれず。
うーん、オランダ語、恐ろしや。



【夕の宴】(1619年頃)

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ルネサンス・リュートだと思われますが、詳細不明。
リュートを楽しみつつの、夕食風景。(右の3人は何をしているんだろう・・・)

【音楽の宴】(制作年不詳)

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リュートについては詳細不明。
テーブルの上に、後ろが膨らんだタイプのバロックギターが伏せて置いてあります。

ほのかな灯りで熱心に楽譜を見ながら歌っている二人に対して、
リュート奏者はちょっと上の空な態度に見えます。飽きちゃってる?


【陽気な仲間】(1623年)

Honthorst,_Gerard_van_-_Merry_Company_-_1623.jpg

手前の男性の陰になっていて見づらいのですが、
中央の女性が、長棹のリュートを持っています。

「陽気な仲間」と題されているものの、左奥にぼんやりと(ちょっと怖い)立っている
赤ん坊を抱いた老女は「取りもち女」です。
すなわち、ここでもリュート弾きの女性は 娼婦です。





ここからは、バロックギターシリーズになります。

【ギターを弾く女性】(1624年)

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楽器に落とされた影と右手の描写が、まるで「ぶれた写真」のような効果を醸し出し、
ラスゲアードしている右手の動きが感じられる作品です。

弦の張り方、左右の手の形など、とてもリアリティがあります。



【ギターを持つ女性】(1631年)

Gerard_van_Honthorst_-_lviv_gallery.jpg


バロックギターを調弦する女性。やっぱり笑顔です。
ペグを回している左手の小指が立っている様が 微笑ましい。


バロックギターの2作品は、どちらも5コース、1コースは単弦、フレットはシングル巻き。

              ***


どの作品も内側から発光するような美しい肌の描写、
衣装(特に、頭につけた豪華な羽根飾り)にも見所がありますが、
今回はリュート、ギターの弦の数、フレッティングに絞って観察してみました。

(高解像度の画像を探し、拡大して観察してみた結果を書いていますが、
そのままデータをアップすると重くなってしまい、閲覧環境によっては見れない方もいらっしゃるので、
記事内には軽いデータを貼っています。)


1620年代には、もう10コースリュートがメインの時代かと思いきや、
案外、7-8コースも共存していることがわかります。

しかしながら、全体として印象に残るのは「楽器を弾く女性たちの笑顔が素敵!」ということ。
こんな風にリュートを弾きたいものですね。
小難しいことは、もはやどうでもいい。


画家の自画像はこちら。

Gerrit_van_Honthorst.jpg

リュートをいっぱい描いてくれて、ありがとう。


【今月のおすすめCD】
Paul O'Detteのニコラ・ヴァレのリュートソロ作品集。
Amazonプライム会員の方は現在、無料でダウンロード可能のようです。





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グリーンスリーヴズ再考〜娼婦に振られた男の歌というのは本当か? [コンサートのお知らせ]


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(リュートを弾くエリザベス一世)



イギリス・ルネサンス音楽、特にシェイクスピア関連のコンサートでは定番中の定番、
「グリーンスリーヴズ」について改めて考えてみたいと思います。

「緑の袖の愛しい人」と訳されることが多いこの作品、私はずっとモヤモヤしているんです。
「緑の袖」って具体的に何を意味しているのか、どうもよくわからない。


まずは、この作品について、よくある解説をまとめてみましょう。

【ルーツ】
スコットランドとイングランドの境界あたり。
16世紀、エリザベス一世の時代に遡ることができる。
シェイクスピアの「ウィンザーの陽気な女房たち」に曲名が出てくる。
他の資料などからも、17世紀の半ばにはイギリス人の多くが知っている流行曲だったことが明らか。

【音楽的特徴】
ロマネスカという定型バス(コード進行)に基づく。
有節形式。
歌曲の他、リュートソロ版、リコーダーと通奏低音の版などがある。
その後もこの旋律は様々なスタイルで編曲され続け、現代では「イギリス民謡」と認識されている。
イエス誕生の歌詞に差し替えたものもあり、クリスマスの讃美歌としても有名。

【歌詞の内容】
思いを寄せる女性に振られてしまった男の失恋の歌。
(歌の歌詞と日本語訳については後述。)



さて、ここからが問題。

◉この女性はどんな人物なのか。

1)緑の色が情欲を示唆するゆえに、性的に乱れた女性、あるいは娼婦という説。
2)ドレスは最初白かったが、草の上でのウフフ・・・なことにより緑に染まった説。
3)緑の服を着て若い男女が集う五月祭で出会った説。

などがありますが、いずれも「緑」に注目して派生した解釈と言えるでしょう。


では本当に「緑色」が性的な情欲を示す、あるいは
「緑色の服装」が娼婦という身分を表すものであったか、
服飾における色彩学のデータを見てみました。

(20ページにルネサンス服飾についての言及があります)


これによると、ルネサンス時代の衣装で多い色は、明るい赤と金色で、
暗めの紫と「緑色」がそれに続きます。
(ちなみに皆無だったのは黄色と青色。黄は罪人、青はマリア様の色なので、これは納得)

絵画での貴婦人の肖像画でも緑のドレスの女性は描かれている。

medici.jpg



以上から「緑色が性的に乱れた女性を示す」というのは、あまり当てはまらなさそう。




そもそもの疑問として、通常、女性を賛美する歌の場合、
女性の瞳の美しさや、髪の色や、ため息をつく口元がどうのこうの、という様々な描写がされます。
それなのに、この歌は、女性の服装しかも「袖」をピンポイントで言及しているのは何故なのか?

◉そこで「袖」の部分に注目してみることにしました。

再び、服飾史を紐解いてみると・・・

HelenaSnakeborg.jpg

・中世以降、男女の間で愛情を示すものとして「袖を交換する」風習がある。

・イギリス、ヘンリー八世〜エリザベス一世時代、袖の部分はアームカバー状の独立した部分で、
身頃とは別になっていた。着用する際は、その都度、細紐やリボン、ピンなどで留めた。
(肩の部分が膨らんでいたり、ケープ状の上着を羽織っているのは、継ぎ目を隠すため。)

・ルネサンス時代のファッションで一番装飾に力を入れたのが袖部分であり、
豪華な刺繍や宝飾品を縫い付けたものであったため、しばしば「贈答品」となった。
(ヘンリー八世の衣装目録や、エリザベス一世の贈答品目録に「替え袖」の項目あり)


当時は、「袖」に特別な意味があり、袖は簡単に取り外しができたということがわかります。


スカートやズボンの一部とかだったら、ちょっと困るかもしれませんが、
袖は引きちぎって渡してもそれほど困りませんしね。
卒業式に 男子生徒から学生服の第二ボタンをもらう、みたいな話でしょう。



このグリーンスリーヴズの歌の彼女は、愛情を示して男性に袖を贈ったものの、
何かの事情で(家同士の政治的な結婚とか)別れざるを得なくなった、
あるいは、よくある単純な心変わりをしてしまった・・・という状況なのではないかしら。


そのように考えると、
女性から贈られた「緑色の片袖」を手に握りしめつつ嘆いている男性
という情景が浮かんできます。

すると「緑の袖の愛しい人」の意味がすっきり!


今までの解釈だと、
「高嶺の花の娼婦に、人生も土地も貢いだ挙句、振られてしまい愚痴っている男性」と
「金をさんざん巻き上げた挙句、もっといいカモが現れたのでそっちにあっさり乗り換えたしたたかな女性」
(すごい悪意にみちた解釈・・・)という、とんでもない歌だったのが、
感動的な純愛物語・・とまでいかなくとも、普遍的な失恋の歌ぐらいには
イメージアップしたのではないでしょうか。




ここで「グリーンスリーヴズの絵画作品は無いんだろうか」と探したところ、これが。

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ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ作「My Lady Greensleeves」

ほらー、やっぱりこの女性はアームカバー状の袖部分を外して、持っているではありませんか!
男性に渡そうとしている場面なのでしょう。





最後にグリーンスリーヴズの歌詞を3番まで記載しておきます。
この3連が歌われることが多いですが、全体はもっと長く、また様々なヴァージョンがあります。

Greensleeves

1
Alas, my love, you do me wrong,    ああ愛する人、ひどいじゃないか、
To cast me off discourteously.     つれなく見捨てるなんて。
For I have  loved you so long,          ずっとずっと好きだったのに、
Delighting in your company.     そばに居てくれるのが喜びで。

*
Greensleeves was all my joy      グリーンスリーヴスこそわが喜びのすべて。
Greensleeves was my delight,         グリーンスリーヴスこそわが歓喜。
Greensleeves was my heart of gold, グリーンスリーヴスこそわが黄金の心。
And who but my lady greensleeves. ほかに誰がいよう、わが愛しのグリーンスリーヴス。

2
I have been ready at your hand    ずっと尽くしていたろう、かたわらで、
To grant whatever thou would crave;  望むものは何でもあげようと。
I have both waged life and land    生活も土地も注ぎ込んだ、
Your love and good-will for to have.  あなたの愛と好意を勝ち取りたくて。

(* を繰り返し)

3
Well I will pray to God on high,       では天の神に祈るとしよう、
That thou my constancy mayst see,    この一途な気落ち、あなたがわかってくれるよう。
For I am still lover true,          今なおわたしは真の恋人なのだから、
Come once again and love me.     どうか戻ってきて愛しておくれ。

(* を繰り返し)

CD「やすらぎの歌」(ソプラノ:名倉亜矢子、リュート:金子浩)の解説より転載。
訳:那須輝彦


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


1)通常、「グリーンスリーヴス」と表記されることが多いですが、
今回の記事では、発音に近い「グリーンスリーヴ」表記を採用しました。


2)替え袖をピンで留める話については、以前ガット弦の製造方法についての記事で紹介した本、
『図説「最悪」の仕事の歴史』でも詳しく取り上げられています。


図説「最悪」の仕事の歴史

図説「最悪」の仕事の歴史

  • 作者: トニー・ロビンソン
  • 出版社/メーカー: 原書房
  • 発売日: 2007/09/21
  • メディア: 単行本












グリーンスリーブス〜エターナル・リコーダー〜

グリーンスリーブス〜エターナル・リコーダー〜

  • アーティスト: 山岡重治,太田光子,浅井愛,高橋明日香,福岡恵,山縣万里,J.S. バッハ,ヴィヴァルディ,モーツァルト,サンマルティーニ,デュパール,クロフト,カー
  • 出版社/メーカー: マイスター・ミュージック
  • 発売日: 2016/04/25
  • メディア: CD





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涙のパヴァーン@シェイクスピアライブラリー版 [コンサートのお知らせ]


lachrimae.jpg


ルネサンス音楽の名曲の一つ、ダウランド作曲「涙のパヴァーン」。
リュートソロ、歌とリュート、コンソートなど、違う編成による作品が残されています。

リュートソロのための作品にも、いくつかの版があり、
テーマは同じでも変奏部分がちょっと違っていたり、
Dのバスが出てくるかどうか(何コースのリュートのために書かれたか)の違いがあります。


今回のコンサートは「シェイクスピア時代のリュート音楽」という趣旨ですので、
Folger Shakespeare Library が所有している版のタブラチュアを使用することにしました。
(上記の写真が、その楽譜です)

このweb図書館は、シェイクスピアを中心とした文学と演劇に関する出版本や写本、
当時の裁判記録や遺言書、レシピなど、生活の様子を垣間見ることができる資料などを
多数所有しています。

サイトトップも没後400年記念ということで、華やかになっておりますので、
ぜひ、ご覧ください。


こうして改めて写本を見ると、普通にそのまま読める綺麗な状態で、
右手運指の指示が細かく書き込まれていますね。



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